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hirano関数@2014/4/9 10:24
スニペット「箱」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「箱」です。

 

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箱をつねづね持ち歩く男がいる。

 

名を尋ねれば相良と応える。相良正人と応える。女性はハンドバッグを身から離さないものだが男はあまりそういうことをしない。両性になぜそういう違いが生じるかを考察するのは詰らないが、相良正人の箱は少し面白いかも知れない。

 

それは如何なる箱であるかまずは知る必要がある。

 

記述すべき物体のプロパティは無数にあるが、箱ならば、体積。色。素材。なるべく近い抽象立体図形。それくらいで必要充分であろう。大人の背丈ほどある赤い直方体の鉄箱、と来れば郵便ポストだなと想像がつく。そこで同じように相良正人の箱を見てみると、人差しと中の二本指を揃えた先に乗せておけるほどの大きさで、縹色で、円錐台の、ベルベットの箱である。

 

記述の精密とそれによる理解の度合いとは必ずしも一致しないことがよく分かる。

 

そこで、こういうことになる。つまり本人に尋ねるのである。如何なる箱であるかを知るのに、一体これ以上に有効な手法があろうか。見れば相良正人はなかなか親切そうな男である。

 

「相良さん、それは何ですか。差支えなければ教えて下さいませんか」

 

「箱です」

 

にこにこして相良正人は応えた。差支えは、ありますと突っぱねられたような気がする。

 

しかし同時に、じつはこれこれと今にも楽しげに語り始めそうな気もする。だから何となく、その先をこっちから押詰めて尋ねると悪いような心地がする。そして相良正人はすたすた歩いて行ってしまった。

 

結局得られた情報とは、何を隠そうそれは、所有者本人もそれを承認するところの、箱である。その一事のみということになる。ちっとも有効な手法なんかではなかった。

 

しまったという思いを噛みしめながら、あとは想像を巡らせるしかない。ああいう質感の小さい箱なら、まず普通には、指輪や宝石の類だろう。誰でもそう考える。

 

ところが相良正人は、とうに還暦も越していようという老人である。老人だからと言って別に、宝飾品を誰かに贈って悪いことはないが、そういうことをやるのは成金趣味の富豪であろう。

 

どう見たって相良正人はそういうタイプではない。じつに矍鑠として、背筋も曲がらず声も嗄れず立派な風采だが、金持のような気配は全くない。

 

元来あの箱を相良正人は、つねづね持ち歩くのである。

 

仮にダイヤモンドか何かが入っているとして、それがたとえば、彼にとって虎の子の財産ゆえ肌身離さず持ち歩くか。だとすれば納得できなくもない。年老いれば奇妙な執着心が生じて不思議はない。だがあの相良正人の様子では、どうも、到底そういったものとは思えない。

 

かくて、ただひたすら気になるのはあの箱の、中身である。

 

あまり想像し過ぎると、パンドラの箱並みに《希望》でも入っていやしないか。あれは玉手箱であって相良正人こそは浦島太郎のなれの果てではあるまいか。そんな突拍子もないことまで、妄想が及ぶ怖れがある。想像し過ぎてはいけない。

 

あの箱の中身が、とにかく気になって仕方ないのである。

 

 

****

 

この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「背筋」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載