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hirano関数@2014/4/16 13:06
スニペット「まぶた」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「まぶた」です。

 

****

 

誰もが気付いていることだが、瞳を閉じることはできない。できないと言うよりも、人類の意志を超越した所業だ。

 

人の自由意志によって為し得ることと言えば僅かに、まぶたを閉じることが可能であるに過ぎない。織田信長が安土城を築いたわけではないとか、風呂を沸すとはメルトダウンの大事故だとかの類だと言える。

 

しかし、誰かの瞳に乾杯することならできる。できるも何も、いとも容易くできる種類のことに属する。

 

ただ、その言葉を口にするに相応しい男が極めて稀にしか存在しないだけのことだ。或いは、今となっては最早それを口にしたところで、創造性だの才気だのという感性が甚だしく欠如しているのを露呈する結果に終わるだけのことだ。したがって事実上、できないのと似たことになる。やるなら心の中だけでひっそりと呟くがいい。

 

しかし、美しい瞳が今そこにある。ああこれを如何せん。

 

黒谷光延は、美しいまぶたが、美しい瞳を、時折ぱちぱちと瞬間的に覆っては曝け出す様子を見るともなく見ていた。

 

こういうものは、本当はじっくり見ていたいのだが、見るためには、見るともなく見るしか方法がない、という状況下に黒谷は置かれていた。この美しい瞳の持ち主の名前さえまだ黒谷は知らないのだ。

 

「それにですね、たとえば仔猫は、自らの可愛らしさを自覚的に知っているか、という話があります」

 

「きっと知らないんでしょう」

 

「そうでしょうな。だから、こんな理論が導かれます。『最も美しい者は、自らの美に最も無自覚な者である』というのです」

 

「あら確かに。自然の風景なんて最も美しいものの一つですよね」

 

「それに、そういうタイプの人間も時々います」

 

仄かな下心から黒谷は、そう言ってみた。この女性はそういうタイプであるかどうか。

 

美しい瞳に宿る光に、どんな種類の変調も見られなかった。少なくとも黒谷には何も分からなかった。見るともなく見る程度の観察力しか発揮し得なかったせいかも知れない。

 

「面白いのね。でも、少し異論を唱えてよろしいですか。たとえ話に、仔猫をお出しになったでしょう」

 

「ああ――そういうことですか」

 

「ええ。美しいという感覚と、可愛らしいという感覚って、違ったものですよね。本質的にと言いたいくらいに」

 

「その発想で行くなら、さっきの理論はむしろ、『最も可憐な者は』とでもしたほうが通りやすいかも知れませんな」

 

「そうですね」

 

ううむ、この成行きでは、名前を聞き出すのにさえ、まだまだ手数と時間が掛りそうだ。しかもこれは相当に、知的な女性らしい。かなり手強いだろう。そして同時にますます魅力的だ。

 

黒谷は焦らない。多少の自信もある。何しろ生まれてこのかた六十七年間、数々の経験を積んで来ている。火遊びも随分とやったものだ。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「風呂」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載