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hirano関数@2014/4/17 11:36
スニペット「風呂」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「風呂」です。

 

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ふろふろソロに入るか。はっきりそう言った人がある。

 

それを慌てもせず大して笑いもせずに正しく言い直してから、のしのしと悠然たる足取りで風呂場に歩いて行ったのは誰あろう、私の夫だ。結婚して八年目になる。夫はいまソロに入っている。

 

ふろふろソロに入ると聞いて即座に、意味を理解して、つい間違ったのだなと判断することまで可能なのは、我ながら、ごく普通の人間であってもその知的能力の偉大さを示している。そんな気がする。これは別に、妻だからぴんと来るという、いわゆる夫婦の阿吽の呼吸とかいう奴でも何でもありはしないと思う。誰もがすぐに聞いて理解できるだろう。

 

この種の言い間違いのことを、英語でスプーナリズムと呼ぶ。スプーンを口に運ぶときうっかり食べ物をこぼすようにうっかり口からこぼれ出してしまった言葉ということから来るそうだ。

 

と思いきやそうではなく、人名だそうだ。英国人スプーナー氏が、言い間違いが多いというので有名だったと言う。人は何によって歴史に名を残すか知れたものではない。

 

いまソロに入っている人、即ち我が家のスプーナー氏、つまり豊田健二、取りも直さず私の夫は、よく言い間違う。私と結婚する前から既にこうだった。その頃の傑作も幾つか覚えている。

 

どういう思考回路なのか、さっぱり分からない。「ふろふろ」などという妙ちきりんな発音は、それを発音しかけた瞬間に既に、おかしいぞと気付きそうなものだ。

 

ところがそこで踏み留まることをしないで、平気で「ソロ」まで通り過ぎ、しかも「入るか」とおしまいまで無事に発音し終えてみせるというのは、私などには到底信じ難い。一種の、とんでもない能力だと思う。

 

その辺りのことの原因を追究してみたところで仕方がない。当の本人にも説明など不可能だ。

 

ただ、聞けば、小さい頃はそんなことはなかったはずだが高校生になった頃くらいから発症し始めた、と言う。発症、という単語を実際に夫は使った。これについては言い間違いどころか適切妥当な表現のつもりだったのだろう。若く柔軟な脳味噌にせっせと知識を詰め込む過程で、何かこう、ねじが一本飛ぶか、或いは余計なねじが一本付け加わるか、してしまったのだろうか。

 

こういう話をすると、私の夫は、いつもそんなことばかり言っている人なのかと思われてしまいそうだが現実には、そう頻繁ではない。しかし、稀でもない。結果、頻繁であるのと印象は同じことになる。

 

全く、思い掛けない瞬間に、シンマのサオヤキ(さんまの塩焼き)だのホーダンオドー(横断歩道)だのと口走るものだから、つい笑ってしまう。

 

幼い子が「おじゃまたくし」とか「とうもころし」とか言うのとは、これは、明らかに違う。舌の筋肉が未発達で或る種の音を発音しにくいのでも、微笑ましい覚え違いによるのでもない。純然たる、言い間違いだ。堂々たる立派なスプーナリズムだ。立派というのもおかしいが、立派だと思うしかない。

 

私たち夫婦は、喧嘩もよくするが、まあまあうまくやって行けているほうだと思う。危機など感じたことがない。これからもないと、少なくとも今は信じていられる。世間にはあっけなく離婚する夫婦が驚くほど多いことを思えば、私は妻として本当に、幸せだ。うまく暮して行けているその、秘訣というほどでもないが理由の一つに、夫の言い間違いのことも含まれる。大袈裟に言えばそんな感じがある。

 

家庭に必要なもの、最低限これだけはという絶対に必要なものは、平和でも、理性でも、ましてやお金でもなく、笑いだと思う。夫の唐突な言い間違いが、笑いを運んで来てくれる。

 

もしかしたら、ひょっとしたら、わざとのことか。まさかとは思うが、そう疑う折が、ないでもない。

 

 

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この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「ねじ」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載