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hirano関数@2014/4/18 11:43
スニペット「ねじ」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「ねじ」です。

 

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扇風機、目覚し時計、加湿器、ハンディ型の掃除機、といったような、ちょっとした機械の調子が悪い。そのとき、勇気に満ちた人は、冒険をする。つまり分解をしてみる。

 

機械を分解するのは面白い。どういうものだか面白い。何となく、つい夢中になってしまうようなところがある。

 

だがそれは、危険な冒険であることも分かっている。だから、よく意識して慎重に作業を進めてゆく。しかし分解は面白い。

 

気の済むまでどんどん分解して、はっきりとした確信が持てるほどでもないがどうやら故障の原因らしきことが、判明する。埃が詰っていたように見える、とか、配線の接触不良だったように見える、とかいった具合である。さて後は組立てれば、故障は直っているだろう。直っているはずだ。

 

結局のところ故障の原因はしかと分かってはいないのだが、きっと直っているに違いない、という気がするのである。それはじつはただ単に、夢中になって分解をやり終えて満たされた気分から来るだけのことかも知れない。

 

そのこと自体もほんのりと自覚している。そうして、たとえば山道の上りと下りとの違いのように、分解を進めるときの挑戦的でわくわくする心とは質の異なる、満足と倦怠が相半ばするような気分で、機械を組立て直してゆく。ちょっと自分の腕前を褒めてやりたくなる。首尾良く、見事に、機械は元通りの姿になる。

 

ねじが一本余っている。

 

何が首尾良くだ。しかし、見事に、のほうは考えようによっては妥当かも知れない。まるで、よくある冗談そのもののような話が、見事に具現化している。

 

だが確かに、機械は組上がっている。つくねんと無言で我が目の前に鎮座している。機械は、不満そうな顔をしているようには全然見えない。ならば、この余ったねじ一本は何であるか。

 

怖る怖る、機械の起動スイッチを入れる。おお、見よ、機械は何喰わぬ顔で動き出すではないか。

 

かくして故障は直る。やっぱり自分の腕前を褒めてやりたくなる。

 

機械のほうの故障は直ったのだが、こちらの心のほうに故障が乗り移っている。ねじ一本である。何なんだお前は。今まで一体お前は、役に立っていたのか。本当は必要なかったんじゃなかろうか。

 

お前など必要ない、と言うこと。それは、人間に対してはもちろん、この宇宙のあらゆる存在に対して、最も残虐な侮辱である。そしてまたそれを言う者は、宇宙じゅうで最も愚かな者である。そんなことは分かっているのだが、しかし機械は平然と動いているものだからつい、ねじに対して、それを言ってやりたくなる。物理的にも心裡的にもどう扱って良いか分からない、このねじ一本が、我が胸を大いに掻き乱すのである。

 

それからふと、ちょっとした妙案を思い付く。

 

分解して、組立てたら、ねじが一本余った。そうして機械は動いている。いま再び、同じことを繰返したらどうだろうか。

 

また一本、ねじが余るだろう。相変わらず機械は動くだろう。何度でも繰り返す。ねじは余る。手元にはどんどん、ねじが溜ってゆく。

 

そうしてついに、全てのねじが取除かれることになるだろう。一本たりともねじを使わずして、相変わらず何喰わぬ顔をして動く機械が誕生する。

 

 

****

 

この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「勇気」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載