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hirano関数@2014/4/23 11:33
スニペット「一句」

こんにちは、関数です。

今回のスニペットは「一句」です。

 

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演説なんてことをやるのはどうも日本人の性に合わない。言ってみれば、日本は腹の国であって、唇の国ではない。

 

しかし栗又亮太はそれを、やらねばならなくなった。栗又は、血液を普段よりちょっと多めに脳に割当てるべく、ぐっと考え込んでいる。

 

長々と喋るつもりはない。その能力もない。短く済ましたほうがいいに決まっている。とは言え、お茶を濁して逃げるのではなくできれば、短く、短いからこそ印象的なことを喋ってやりたい。

 

折角ならば何かこう、気の利いた一言を。おおっと人を唸らせる一句を、使ってやりたいものだ。むろんこういうことは、『これは使える!世界の偉人有名人の名言集』の類なんぞに頼ったところで仕方ない。自分の中から掴み取って来ないといけない。

 

力のある一句とは、どんなものだろうか。かの一句が歴史の流れを決定付けた、という類のことは人の心をそそるものだが、同時にそれは、どうも感傷的に過ぎるなという気もする。

 

「人民の、人民による、人民のための政治」

 

リンカーンのこの演説ならあまりに有名だ。有名だが、そのとき既に南北戦争は終っていたのだから歴史の流れを決めたわけではないようだ。

 

「私には夢がある」

 

同じくアメリカから、これも圧倒的存在感を放つ一句。人種差別と闘うあらゆる人々の心の灯となる一句だろう。キング牧師は斃れ、意志は生き続ける。

 

「堪ヘ難キヲ堪へ、忍ビ難キヲ忍ビ」

 

我が日本では、歴史を変えたと言えばまずこれが、思い浮かぶものの筆頭だろうか。勝った負けたの話であって、その勝ち負けが決まった瞬間のことだから、何しろ劇的だ。

 

「貫之は下手な歌よみにて、古今集はくだらぬ集にこれあり候」

 

これは全く別世界の話だが、なるほど歴史を左右したには違いない。正岡子規という人が、この暴言を血を一緒に吐いたら、和歌が短歌に変身した。この人は偉人だから、短歌だけじゃなく、俳諧を俳句に変身させることまでやった。近代短歌における「貫之は下手」発言に当たるのが、近代俳句では「鶏頭の十四五本もありぬべし」の一句ということになるらしい。

 

ここまで考えたところで、栗又は閃いた。そうか句だ。文字通り、一句だな。俳句を作ってみる感じで行けばいいのだ。そんな気がする。俳句は短い。そして名作ともなると、そこに含まれる圧縮された情報量は、短編小説にも匹敵する。

 

栗又の頭に集まる血液がまたちょっと増えた。栗又は俳句を考えている。

 

後日、結婚披露宴のスピーチで栗又は、手短に喋った後、新郎新婦に捧げますと前置きして、

 

「梅が香の袂に染むや二人連れ」

 

と、自作の一句を披露した。そこそこの反応があった。あるいは、そこそこの反応があっただけのことだった。栗又は恥かしかった。

 

こんな、聴衆がしんとしている中を、さて申しますぞという前置きまでして、俳句を詠むのが、こんな恥かしいことだとは思わなかった。やっぱり演説は日本人の性に合わん。

 

 

****

 

この短い話はこれでおしまいですが、

しかし言語の鎖は連なる。

次回のスニペットは「鶏頭」でお送りします。

 

※記事中の画像はウィキメディアコモンズより転載